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ストーリー

400年続いた漢王朝であったが、長年の間に「宦官」と呼ばれる皇帝の相談役と地方豪族達は好き放題ふるまい、人々は貧しい生活を強いられていた。
そんな状況を見かねた「張角」は「太平道」と呼ばれる宗教を立ち上げ、人々を味方につけて漢王朝に反乱した。彼らは頭に黄色い布を巻いていたことから「黄巾賊」と呼ばれていた。
漢王朝は反乱を食い止めるために軍隊を作り、兵士を募集した。その募集の看板を見つめる一人の男がいた。その男こそ、三国志演義の主役となる「劉備」その人であった。看板を眺めてため息をつく「劉備」に対し、大柄な男が声をかけるところから物語は始まる…

「黄巾賊」を倒し、反乱を治めた漢王朝であったが新たな問題が起こる。
時の皇帝である「霊帝」が亡くなり、次の皇帝をかけた後継者争いが激しくなった。宦官と地方豪族たちの対立はさらに激しくなり朝廷は混乱した。
この混乱の隙に地方の将軍だった「董卓」は洛陽に乗り込み、軍事力で漢王朝を支配した。「董卓」は天下無双の「呂布」を従え、やりたい放題だった。これに怒った「曹操」は、各地の武将や君主に文書を送り「反董卓連合」を結成した。
後に力を発揮する有力武将達が集まり、最強を誇る董卓軍と「虎牢関」を舞台に激突する。

「虎牢関」での戦いを見て、身の危険を感じた「董卓」は「洛陽」に火を放ち「長安」へと逃げてしまった。「反董卓連合」は乱され、各々散り散りとなって各地方へと戻っていった。漢王朝の終わりを悟った武将達は次第にお互いの領地を狙って争いを繰り返すようになった。戦国乱世の始まりである。
「徐州」の「陶謙」はある事件によって「曹操」から憎まれてしまい、曹操軍に攻め込まれていた。助けを求める知らせを聞いた「劉備」達は、「曹操」との仲をとりもち曹操軍を退けた。その知らせを聞いた「陶謙」は緊張の糸が切れたように「劉備」に後を託して、この世を去ってしまう。
思わず領主となってしまった「劉備」一行だが、そこへ天下無双の「呂布」が現れたのだった…

「霊帝」の後、皇帝となった「献帝」を守る「曹操」であったが、実際には「献帝」を無視して自身が実権を握っていた。これを面白く思わない「献帝」は密かに「曹操」を倒す計画をする。
協力者の中には「劉備」の名前も含まれていたが、この計画は事前に「曹操」にバレてしまい「劉備」は敗走することとなる。「関羽」は一時、「曹操」の部下となり袁紹軍との「河北」をかけた戦いに駆り出されていた。目覚めるような成果をあげる「関羽」の元に「劉備」の居場所が告げられる。
居ても立っても居られない「関羽」は、「劉備」の元へと帰るために千里の道を旅することを決意する。だが、その途中には強固な関所が立ちはだかっているのであった…

「曹操」との戦いを避け、「荊州」へと逃れた劉備一行は「荊州」君主の「劉表」に迎え入れられた。「荊州」は戦国の世とはかけ離れた落ち着いた場所で、各地から戦いを逃れて大勢の人々がやってきていた。
「劉表」は儒学を学んでおり戦いを逃れてきた者の中には著名人も多く含まれた。「劉備」は戦いと遠くかけ離れた地で一息つくと共に、焦りも感じていた。そんな「劉備」の元に「伏龍」と呼ばれる名軍師の噂が耳に入る。軍師を探した「劉備」は「三顧の礼」で諸葛亮との対面を果たす。
晴れて劉備軍の軍師となった「諸葛亮」であったが、曹操軍が攻め入ったとの伝令が飛び込んできた。いよいよ、劉備軍の力が試される戦いが始まる。

「張飛」の活躍により、すれすれのところで曹操軍の追手から逃れた劉備一行。そこへ「孫権」の使いとして「魯粛」が現れた。「魯粛」は「劉備」と「孫権」が同盟を結び、共に力を合わせて「曹操」を倒す案を提示し、共に「孫権」を説得するように持ち掛ける。
話を聞いた「諸葛亮」は早速、「孫権」の元を訪れ「孫権」と「周瑜」をうまく説得した。来る曹操軍は各地の勢力を吸収し100万の軍勢にまで膨らんでいるのに対し、同盟軍は総勢20万しかおらず差は歴然だった。「諸葛亮」は考えを巡らせ、曹操軍を火計で一挙に捕らえることを提案する。
しかし、それには季節はずれの東南の風が必要であった。劉備・孫権同盟軍が強大な曹操軍といよいよ激突する!